2023年8月28日月曜日

第2章第4節第3項 差別意識を持たず、差別行為もしていないと主張する場合

    第2章 差別意識を克服するために
    第4節 差別意識とはなにか
    第3項 差別意識を持たず、差別行為もしていないと主張する場合

    差別<意識>と差別<行為>が分離されて認識される場面では、「わたしたちは、差別<意識>を持っていない。 差別<行為>もしていない。 しかし、差別をする人は許せない・・・」という主張が起こります。

    14~5年前、神学校を出てすぐ、神奈川教区のある教会に赴任したとき、神奈川教区の常置委員会や教区総会で、「なぜ、牧師になるのか」「どのような宣教活動をするのか」・・・、いろいろな問いが私に投げかけられました。

    「部落差別問題とどう取り組むのか」という問いの前で、私は、どう答えたらよいのか、思い悩んだことがあります。 その当時、私は先輩、牧師から投げかけられる問いに対して、どのような立場からの問いであったとしても、それが問題提起者の側からでも、福音主義教会連合の側からでも、できるかぎり誠実に答えようと努力していました。 しかし、次から次へと投げかけられる問いに、十分に答えることはできませんでした。 問われて、答えることができないもどかしさ・・・、そのときのいらだちを思い出すと、いまでも悔しさがよみがえってきます。

    「部落差別問題にどう取り組むのか」。 その問いに対して、呻吟わたしが、しながら出した答えはこのうような言葉でした。 「自分の内なる差別性を見直しながら、差別問題とも関わっていきます・・・」。 そのとき、先輩の牧師たちから投げかけられた言葉は、それ以上どう答えていいのか、わからない言葉でした。 「私たちは、被差別部落に対して、差別意識を持っていない。 しかし、あなたは、自分の内に差別意識があることを認めるという。 そんなことで、今日の、部落解放という教団や教区の課題を担うことができるのか」。 私は、その時、日本基督教団神奈川教区の牧師たちは、部落差別に限らずすべての差別に対して「差別意識を持たない」、「差別行為をしない」ことを自負している集団であると思わされたのです。

    彼らは、このようにも問うてきました。 「あなたは、農村伝道神学校を出た。 それなのに、なぜ、都会の、しかも高級住宅街の教会に赴任してきたのか」。 部落差別等の差別性から自由になっていると豪語する先輩牧師たちが、学歴差別、出身神学校差別(学閥)に無自覚、無頓着に、農村伝道神学校の卒業生はそれにふさわしいところに赴任すればよい・・・と、ひとのこころを完膚なきまでに批判し、うちのめしたのです。 私は、神奈川教区の差別的な<現実>に敗れ、神奈川教区を去ることにしました。 学歴差別・神学校差別を克服することができなかった、結果でもありました(あとで、神奈川教区のある牧師から、「あなたが、なぜ、教区や教会を去らなければならなかったのか、いろいろなひとに聞いたところ、あなたの<育ちが悪かった><高学歴・高資格を持っていないただの牧師>ということが大きな理由を占めていました・・・」との電話をいただきました。

    「わたしの人生の中で、聖書にしるされたイエス・キリストに出会い信じることができるようになったのは、最大の喜びである。しかし、差別的な日本の教会で信仰生活をしなければならないのは、最大の不幸である」と、痛みの走る右手で、聖書の1ページに走り書きしたのもそのころのことです。

    次の西中国教区で、今度は、部落差別問題特別委員会の委員を<させられ>、私に、部落差別問題との取り組みが強制されたのです。 なぜなのでしょう? 西中国教区において、部落差別問題について10数年かかわってきた背景には、神奈川教区で、「問われて答えることができなかった」・・・、そんなくやしさをやぶれを自覚して、避けてとおることができない問題であると認識していたことも要因としてあげられます。 部落差別とかかわりながら、学歴差別や<出身>神学校差別(学閥)のことを考えて、それを克服する道を模索していきました。 いまだに克服できたとはいえません。 私が変っても、そのような教団や教区、牧師や信徒の体質はなにも変わっていませんから・・・。

     

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目次

 『部落差別から自分を問う』の目次 はじめに 第1章 部落差別を語る  1. 部落差別とはなにか  2. 部落<差別>とはなにか  3. 部落差別はなくなったか  4. 部落の呼称  5. 認識不足からくる差別文書  6. 部落の人々にとってのふるさと 第2章 差別意識を克服する...