2023年8月25日金曜日

第2章第4節第2項 差別意識を自覚することなく、差別行為にのぞむ場合

    第2章 差別意識を克服するために
    第4節 差別意識とはなにか
    第2項 差別意識を自覚することなく、差別行為にのぞむ場合

    この範疇には、差別意識を自覚していない人々だけでなく、自分のうちに差別意識があることを認識しようとしない人々も含めることにしましょう。

    大半の差別事象を引き起こした人は、自己弁明のうちにこのような論理を展開します。 自分の差別<意識>と差別<行為>を切り離して、差別<意識>を持っていないにもかかわらず、そのときの状況と雰囲気で、偶然無自覚的、に差別発言してしまった・・・と主張します。

    差別発言であると指摘を受けた人のなかには、<意識>と<行為>の二元論的枠組みを利用して、「差別<意識>をもっていないわたしのちょっとした失言をとらえて、差別発言だと糾弾された・・・」と、その指摘の不当性を主張する人もいます。

    西中国教区の部落差別問題特別委員会で、『部落解放西中国』を発行しようと企画ことがあります。準備号を2回出したのですが、あまり好評ではありませんでした。 準備号で、他者の差別発言ではなく、西中国教区の内部に向けた、『洗礼を受けてから』の部落差別に関する文章の見直しを主張した文章等を掲載したことも、その要因でした。「西中国教区は、教団にさきがけて、部落差別問題と取り組んできた。 教団にはたらきかけ、今日の教団の部落解放運動のさきがけとなった。 それなのに、教区の中に、こんな差別文章があると背後から指摘するのは、西中国教区の先輩たちが築き上げてきた功績を切り崩す、著しく反教区的な行為である・・・」、こんな批判も受けることになりました。

    紆余曲折を経ながら、部落差別問題特別委員会で、『部落解放西中国』を委員会の正式機関紙として発行することが決まったとき、その巻頭言を書いた、当時の委員長の文章にこのような言葉が含まれていました。 「舌足らずの文章ですが・・・」。 この表現の中に、障害者に対する差別用語が含まれていました。

    この言葉、当時の委員長が、不承不承、『部落解放西中国』を容認せあるをえなかった経緯を暗示していますが、「舌足らず」という言葉は、「舌のまわりが悪く、発音の不明瞭なこと」「言葉の表現が不自由なこと」「言い方の幼稚なこと」を意味します (広辞苑)。

    「舌足らず」という言葉は、言語障害をさす言葉です。 しかも日本の社会の中では、極めて差別的に用いられ、差別語としての垢にすっかりそまってしまった言葉のひとつです。 それを文章表現のまずさをあらわすのに、負の価値づけを行なってこの言葉を用いたことは、やはり、差別表現であるといわざるを得ません。 委員会で、そのことを問題にすると、当時の委員長は、「だれでも、うっかり差別語を使うよ」とひとこと弁明しただけでした。 差別意識は持っていないけれども、ついうっかり差別語を用いたにすぎない・・・。

    しかし、西中国教区の部落差別問題特別委員会は、委員会で、教団出版局や部落解放センターが、また新聞社等が掲載した差別文章について、指摘と告発を続けていたのです。 いつのまにか、教区の外部に対しては、差別発言が、差別意識に根差したものであることを徹底的に糾弾し、しかし、教区の内部に対しては、内なる差別に対しては、差別意識のないものがおかした単なるあやまち、とりあげるにたらない失言にすぎない・・・と、外剛内柔の分裂して精神構造をつくりあげていました。 やがて、いつか、『部落解放西中国』は、「反差別を叫んでも、足元からくずれるというような危機感」から、乗り越えるすべもなく、部落差別問題特別委員会の委員会報正式発行の気運は消え失せてしまいました。

    西中国教区の山口某分区の、1994年度の信徒大会で、東岡牧師を講師に招いて、部落差別問題の研修会が開催されました。

    そのとき、ひとつの分団で、西中国教区の常置委員をされたことがあるMさんが、被差別部落の人を指して、「特殊部落」という言葉を用いました。 Mさんは、被差別部落の中の施設で長年に渡って働いてこられた方ですが、それなのに、「特殊部落の人を一人も教会にさそうことができなかった・・・」と言われたのです。

    その場で、<特殊部落>という語が、差別語であることを指摘しました。 Mさんは、「<特殊部落>という言い方は、差別語なんですか。 知りませんでした。 部落の人を指していつもこの言葉を使っていたのですが、特殊部落の方から一度もそういう指摘を受けたことはありませんでした・・・」と言われました。 「さそったけれども誰一人教会にこなかった・・・」。 Mさんの話しに<さもありなん>と思わされました。 <特殊部落>という、水平社宣言の時にも、差別語であると指摘されている、被差別部落の人々に向けられた典型的な差別呼称を、たとえ無自覚であったとしても、使ってはばからないMさんを、被差別部落の人々がどのように受け止めていたのか・・・想像に難くありません。 公務員や学校の教師等、自ら解放運動の熱意にほだされて参加したのではなく、職務上、部落差別問題にかかわらざるをえなかった人々は、被差別部落の人々と、本当の、人間と人間との出会いを経験することなく、このような状態に陥ってしまうのです。

    教区の教育セミナーで、自分の教え子に、「どもり」、「どもり・・・」と差別語で呼び捨てるクリスチャン教師に、差別だと指摘したとき、その教師は、「どもりと呼び捨てにしても、そのこどもは私になついてくれた。 それなのに、あなたが、なんの文句をいうのか・・・」という意味の反論をされました。

    Mさんの話には、差別的な内容は含まれていませんでした。 それは、その教師とMさんが大きく違うところですが、ただ被差別にある人々に対して、その教師やMさんが、<力>(権力)を持った立場にあるという点では共通しています。 「部落でないのに、あんなに一生懸命部落のために働いてくださるのだから・・・」、「少々言葉は悪いけれど、親身になってくれるから・・・」という被差別部落の人々の配慮が、かえって、その人の差別意識を助長することもあるのです。 長い、長い・・、西中国教区の部落差別問題との取り組みの中で、<特殊部落>といいう言葉を使っても一度も指摘されたことがない、「それでも糾弾、されるというなら、されてもいいですよ」、Mさんの私に対する居直りのことばでした。



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目次

 『部落差別から自分を問う』の目次 はじめに 第1章 部落差別を語る  1. 部落差別とはなにか  2. 部落<差別>とはなにか  3. 部落差別はなくなったか  4. 部落の呼称  5. 認識不足からくる差別文書  6. 部落の人々にとってのふるさと 第2章 差別意識を克服する...